最近、自分の中に本当に傲慢な自分がいることを感じます。大事な宝石のように後悔をコレクションし、謙虚な自分が一粒一粒日の光に晒し、自分自身を追い詰めた時に、追い詰められた自分が急に全てを見下し、もっとも原始的な自分の生命の命ずるままに動きはじめるのです。

これまではなんと醜いものだろうと文明社会の道徳教養を元に判断し、全力で押し殺していましたが今は純粋さ、美しさを感じています。現に傲慢な自分が表に出てくると生命の鼓動は強く脈打ち、血は指先にまで栄養と酸素と「生きる」という命令を不断に送り、生物として生きてくるのがわかります。

これまでは自分以外の森羅万象に合わせることに全力で、そこに受動的な存在意義を見出していましたが、もう少し自分勝手に行ってみようかなと思っています、プリンシプルな部分はふまえたうえで。

今生において、自分の向かう先はどこでもなく、ここにいれればそれでいいと思っていましたが、傲慢な自分がいうのです。

「手足がちぎれるほど、焦がれて頭がおかしくなるほど、一点を目指し走りたい」

どこにいくのかはわかりませんが、楽しくなりそうです。